第17回日中友好の声日本語弁論大会
プロ組優勝者、劉馳さんのスピーチ原稿


オリンピックはただのスポーツ大会に過ぎない
北京外国語大学の劉馳さん

天津・北京大会プロ組で優勝した北京外国語大学の劉馳さんのスピーチ原稿を掲載します。東京オリンピックで銅メダルを獲得しながら、後に自殺してしまった悲劇のランナー円谷幸吉を取り上げ、オリンピックは結果よりも参加することに意義があると主張しました。

 まず、オリンピックについての有名な話を聞いてください。
円谷幸吉(つぶらやこうきち)は1964年、東京オリンピックで日本代表のマラソン選手として出場し、よい調子で走っていました。2位で競技場内に戻って来ましたが、数万人の応援の中で、後続ランナーのイギリスの選手に追い抜かれて、結局3位になってしまいました。そのシーンはテレビで繰り返し流され、世間では、銅メダルを取った円谷選手を英雄だと認めないばかりか、「精神力が弱い」などと強く批判しました。この円谷選手はプレッシャーに耐えられなくて、ついに自殺してしまいました。彼の遺書には「もうすっかり疲れ切ってしまって走れません」と書いてあったということです。
 私は、この話を始めて聞いたとき、考え込んでしまいました。オリンピックの目的は人間の健康と世界の平和という立派なことですが、オリンピックそのものは目的ではなくて、ひとつの手段のはずです。いくら深い意義があっても、本質はただのスポーツ大会に過ぎません。それを生きがいとして、そのために、大切な命まで失ってしまっては、本末転倒ではないでしょうか。
 2008年の北京オリンピックが近づいてくるにしたがって、わが国は「オリンピック第一」という雰囲気にすっかり包まれています。一番関心を集めるのはスポーツ選手の最新ニュースだし、一番人気がある商品はオリンピックのマスコットがついているものです。身の回りの人に、オリンピックに期待すること何かと聞くと、「一番多く金メダルを取ること」とか、「国の経済の発展」などの答えが返ってきました。近代オリンピックの創立者であるクーベルタンは「オリンピックで重要なことは、勝つことではなく、参加することである。人生で重要なことは成功することではなく、努力することだ」と唱えていましたが、われわれはそれを忘れきって、「勝利」と「成功」だけに注目しているのではないでしょうか。
 私はここで改めてオリンピックはただのスポーツ大会だと主張したいと思います。国民の熱意をなくしたいのではなく、ただ、オリンピックの本来の意味を歪めてはいけないと思うのです。世界の人々がオリンピックの精神に感動できる場を作ることができれば、最高のオリンピック主催国だと思います。



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