景気回復をはたしたといわれる日本経済。ところが、08年の大発会では、下落幅(616円安)、下落率(4.6%)ともに大発会としては過去最大を記録してしまった。はたして、これからの日本経済はどうなってしまうのか。昨年11月に開催された第32回「ミロク会計人会全国統一研修会・東京大会」の基調講演で、竹中平蔵氏にお話しいただいた内容をお伝えしたい。以下、講演会での竹中氏の発言。
混乱した政局にあって、日本の経済は今後、どのようになっていくのでしょうか。80年代に日本のGDPは、毎年平均4.5%の成長を遂げていました。それが90年代に入るとイッ気に下がり、1%にまで落ち込んでしまいました。いわゆる「失われた10年」がはじまったのです。
このときに日本の政府は間違った選択をしました。そもそも当時の日本経済は根本的な問題を抱えていました。みんな5000万円のローンをして、5000万円の資産を持ったと思っていたからです。しかし、その資産価値が下がり、2500万円になってしまいました。個人だけでなく、企業にも同様の事態が生じました。企業や個人にしてみれば、返せるはずもない借金、つまり過剰債務を抱え込んでしまったのです。これにともない、銀行も大量の不良債権を抱えることになりました。こうなると銀行はリスクを取ることができません。チョットでもリスクがある貸付は一切できなくなりました。これが貸し渋り、貸しはがしといったことにつながったのです。
では、このときに日本政府はどのような対策を講じたかというと、公共事業を増加してしまったのです。政府が借金をすることで、一時的に景気を回復させる、いわゆるケインズ型の政策を選択したのです。もしも日本の経済が一時的な理由で悪くなっているのなら、これは正解だったと思います。ですが、経済構造そのものに問題があったのですから、一時的な措置ではどうすることもできないのは自明です。
にもかかわらず、日本は十数年間も政策転換をしませんでした。90年代を通して、政府は毎年のように補正予算を組んで、追加経済対策を掲げたのです。その総額は130兆円にも上りました。この金額がどれほどのものかというと、東京23区と大阪市内の建物を全部建て直すくらいのものです。しかも、それだけの投資をしたにもかかわらず、GDPは依然として1艶ャ長のままでした。
当時、日本の不良債権については、海外もきびしく非難しました。現に、01年にはロンドンの経済雑誌が日本特集を組み、エコノミストが「もしも日本が不良債権を償却しなければ、世界が日本を償却することなる」と述べました。海外からしてみれば、日本には資本も技術も人材もあって、どうして不良債権の処理をしないのかという印象があったのです。
この悪循環を断ち切ろうとしたのが小泉さんでした。そして、私は小泉さんにいわれて、経済担当と金融担当大臣の仕事をすることになったのです。私が金融担当大臣に就任した02年の時点で、日本の銀行の貸付全体に占める不良債権の比率は8.4%もありました。そこで、私はその比率を2年半で4%台にまで引き下げる案を講じたのです。が、そのとたんにすごいバッシングを受けました。新聞もテレビも評論家も手のひらを返したように、私の政策をバッシングしました。
今振り返っても、当時の私の判断は正しかったと思います。実際、日本の経済は回復することができました。現在、不良債権の比率は1.5%に下がりました。そして、不良債権の比率が4奄きったあたりから、GDPは2%強の成長を遂げるようになりました。日本の不良債権問題は正常化されたのです。
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